アラサー介護の戯言ブログ。

「もう綺麗事は聞き飽きた」そんなあなたへ...

親から虐待されて育った大人。⑥

高校時代、黄金時代。

 

 凄まじく成績の悪かった僕は(5教科合計で200点に届きませんでした)、それでも特に何も問題を起こした事もなかったしほぼ無遅刻無欠席だったので担任の先生から地元の公立高校への推薦を貰うことが出来ました

 

 日頃から散々「私立なんて無理、行ったらどうなるか分かってるよな?」と脅されていたじぶんは喜んで受けました

 

 地元で一番評判の悪い「公立の中の最底辺」でしたが...

田舎あるあるでよく「高校どこ出たの?」と聞かれるのですが今でも名前を出すとドン引きされるところでした

 

 リアルガチで日本で一番有名な不良漫画に出てくる学校のモデルになった(事実らしい)一流の底辺不良校でした

 

じぶんら世代だとジャンプに載ってた「べるぜバブ」の「石矢魔高校」(?)やら「クローズ」に出てきた「鈴蘭高校」(?)みたいな感じ。。

 

 校内や学校の周りはタバコの吸い殻だらけ「ドラマの人かな?」って感じの不良が跋扈する魔境でした

 

 電車通学で30分程度だったのですが初登校の新入生達が正門からぞろぞろ列をなしているのを窓から乗り出したり屋根の上から眺めている「いかにも」な先輩方。

 

一目で「あっ、間違えたな」と気付きました

 

 クラスの周りの人たちを見て人生で初めて「あっ、勉強ってしたほうがいいな」と気付きました

 

 中学時代、全然やらなかったしやり方もわからなかった勉強をここでめっちゃ頑張りました。独学で。

 

 元々もの凄くレベルの低い高校だったので成績はすぐによくなりました

 学年が二、三年の時には試験の成績はほぼ学年一位でした

 

中学時代には卓球部だった部活動も新しく「弓道部」に入部して(当時はまだサークルでしたけど)二年生の時には部長になっていました

 

高校デビューで「不良」になっていたやつも大勢いたみたいだけど全く不良じゃないむしろ底辺陰キャだった自分でもそこでは「成績学年一位の優等生」という奇跡のようなポジションに付けたのでそれをフル活用しました

 

 試験の前にはあれこれ聞きに来る不良の皆さんに範囲やら勉強を教える

 漫画も貸すし誰にでも優しくニコニコする。

 

不良グループには近づかないで連むのは誘って同じ「弓道部」に入ってもらったクラスメイトと所謂「オタク」の連中

 

 ガンダムやら格ゲーやらには全く興味なかったけど(そもそも知らないし)そこそこ友達を作ることができました

 

 

 「鶏口となるも牛後となるなかれ」

 むかしの人はいいこと言いますね

 

 

三十路を超した今でも主に遊びに行ったり飲みに行ったりするのは高校時代の友人達です。 県外に出てる人も多いし自分の仕事の関係上なかなか時間を合わせづらいけれど....

 

部活やって生徒会活動やって学園祭の役員をやってアルバイトもするようになって、学校の帰りには連れとゲーセンによって....

 家にいることがほとんどなくなったので極力母親と顔を合わせないようにしていました。 三つ下の妹も同じく

 

「高校を卒業したら早く、家を出よう。」

 漠然とそんなことを考えていたのを覚えています

 

そんな中、相変わらず不在の父親や家に居ることの少なくなったじぶんや妹のせいで五つ下の弟がとても辛い目にあっていることには全く気が付きませんでした