アラサー介護の戯言ブログ。

「もう綺麗事は聞き飽きた」そんなあなたへ...

非現実の王国で

「非現実の王国として知られる地における、ヴィヴィアン・ガールズの物語、子供奴隷の反乱に起因するグランデコ-アンジェリニアン戦争の嵐の物語」

by世界一有名な無名画家 ヘンリー・ダーガー

 

https://okakuro.org/henry-darger/

オカルト・クロニクル

(主筆 松閣オルタ大先生)

 

 

日本に限らず地球全体を含む人類社会と、人間の人生の中で最も重要視されること「人との繋がりがあること/持つこと」。

家族であれ恋人であれ友人関係であれ学校や職場内の関係性であれ、facebookであれ、ツイッターであれ、Instagramであれ、とにかく三次元でも二次元でも誰かとの繋がりを持っていること。

 

言うまでもなくこれは当たり前のことで脆弱な哺乳類であるホモ・サピエンスが何十万年の歩みの中で群れ社会に変化させて、に発展させてきたのも、一族になり一門になり群衆になり団体になってきたのも単に、そうしなければ生きられなかったからで他者との関係性(社会性)を築く為。

これはもう種としての本能で習性であることは間違いないと思われる。

他者と繋がって認められてなんぼ。

 

承認欲求っていうのはつまり本能で若者たちが「いいね👍」を血眼になって求めるのも、老人たちが「日本凄い🇯🇵‼️系番組」に齧りつくのも「承認」「所属」の欲求を満たすための同化や転化なんじゃないかと個人的に思う。

 

もちろん、こうやって乱文駄文を垂れ流している自分も誰かしらの目にとまってほしいからで、スター🌟?がつけば嬉しいし閲覧者の桁が増えるのも嬉しい。

 

 

でも、いつの時代も群れから弾かれたり誰とも繋がりを持てなかったりする、よーは「除け者」になってしまう人がいる。

 

誰からも見向きもされず気にもとめられないはぐれ者たち。

社会から必要とされず生きている価値が無いと見做された者たち。

それらの究極の結末が所謂「孤独死というもので、この仕事をしているとけっこう身近に聞いたりすることがある。

 

彼ら彼女らは落伍者なの?

その人生は無意味だったの?

 

冒頭にリンクを張らせて貰ったのは、日頃から閲覧させて頂いている超人気サイト「オカルト・クロニクル」様の記事の一つで(最近、出版もされました📖‼️)亡くなってから有名になったとある老人の物語。

 

ヘンリーお爺ちゃんは、典型的な非リアでぼっちの陰キャの引きこもり。

17歳から71歳までの54年間、病院の掃除夫として働き、清掃と芋の皮剥きの為に出勤する以外のほぼほぼ全ての時間を狭い安アパートで過ごした。

 

幼い頃に(4歳の時に)、妹を出産したときの感染症で母親を亡くし、その妹もすぐに養子に出されている。8才までは父親と過ごしたが、父親が体調を崩し児童施設へ送られる。

 あれこれ問題を起こすもんだから精神薄弱児施設へ放り込まれ、16歳の時に父親も亡くなる。

 17歳で施設を脱走して300キロ離れた土地で病院の掃除夫の職に就く。本文では、

 

多感な少年時代に様々な施設を渡り歩き、様々な人々に虐げられてきた。

 

と綴られている。

天涯孤独もいいところ。

 

家族も居ないし友達もいない。誰も頼れる人がいないし信用できない、特に大人は。

 

だから、空想の世界を作ることにした。正確に言えば小説を書くことにした。

 これが冒頭の長ったらしい題名の長編小説の始まり✍️

 

文字通りに人生の全てを捧げて60年近く執筆し続けたその文書量は、タイプライターで清書されたものが7冊、未清書のまま旅行鞄に詰め込まれていた原稿が8冊。

 

これは現時点で1万5000ページを超える、世界で最も長い物語。

 

遺品整理にあたったアパートの大家さんが世に出したからいい様なものの、そうでなかったらこのヘンリーお爺ちゃんの60年はゴミ捨て場に積まれていた可能性が高かった。

死後に有名になったところは「向日葵」で有名なゴッホとおんなじですね🌻🖼🎨

 

生きている間は誰からも見向きもされなかったこの貧困独居老人の作品は1枚に2500万の値がついた絵もあるそう🖼

きっとヘンリーお爺ちゃんはそれを知っても喜びもしないだろうけど。

 

誰の目にも触れることもなく、読む人も感想を言ってくれる人も「いいね👍」付けてくれる人もいないままに60年近く書き続け描き続けた物語。

ひたすら孤独にひたすら熱心に綴り続けた物語。

 

この孤独死した貧困お爺ちゃんの人生は無意味だったのか無価値だったのか、決してそんなことはない....はず。

 

満足のいく人生を送れたのか、幸せだったのかどうかは彼自身にしかわからないことだけど、そんなの関係ねぇ、他人の知ったこっちゃない。

 誰にどう評価されるかとか、誰にどう見られるかとかそんなことぜんぜん気にせずに己が血道を捧げた人生。

「人との繋がり」が最重視される世界の中でそんなの丸っきり度返しした生き方。

 

そうしたかったからしたのか、そうする以外に出来なかったのか(たぶん後者)だけど、孤独でも貧困でもやりきった人生。

 

彼にとって、どっちが現実でどっちが非現実だったのか?

 聞いてみたいなと思ったり。。

 

 

fin.