孤高の底辺。うんこ拭き(介護福祉士)おじさんの戯言ブログ💩:®️

“奴隷(介護職)”をクビになって、“社畜(葬祭屋)”になってまた介護職に復職したおっさんの随筆集✍️

親から虐待されて育った大人。[25]

同僚「さいきん、閲覧数伸びないね😕」

 

僕「そーなんだよね🤯」

 

同僚「どうして?」

 

僕「たぶんこのブログにもっとも重要な悲惨みが足りてないせいだと思うんだ。だから2年ぶりに続きを書こうと思うんだ」

 

同僚「なんの?」

 

「うんこ拭きの糞みたいな人生をことっ細かに語った大不人気シリーズだよ!😘」

親から虐待されて育った大人②

 

僕「1〜24までの大長編絵巻でなんかヤバい事件起こして捕まったり自殺した犯罪者がワイドショーで特集される「生い立ち」そのままの内容なんだ‼︎

 

同僚(うわっ...)

 

僕「NHKでやってる大河ドラマ麒麟がくる🦒電車でくる🚃」の次に来年の大河ドラマに決定しているんだよ!

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同僚「🦒←このキリン違くない?」

 

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 糞母親に幼少時代からあらんかぎりの虐待を受けて育った我らが三兄弟(長男→俺(うんこ拭き)、長女→3つ下の妹、次男→5つ下の弟)。

 自分が短大2年のハタチで弟が15の年、自分と妹はなんとか公立の高校に入学したのだけれど、そのとき中学3年生だった弟は学力的なあれこれや友達関係で私立の高校への進学を希望していた。貧困層..とまではいかなくてもお金のないうちから私立なんて‼︎と末っ子の弟を15年間徹底的に支配して自分のそばに縛りつけていた母親はそれはそれは事あるごとに弟を虐め抜いた。ちょうどその時は、家に嫌気がさしていた父親が外に愛人(看護師)を作ってその愛人との逢瀬やら旅行のための資金として少なくない額の借金をこさえていた時期で母親の狂乱ぶりも家計も本当にめちゃくちゃな時だった。

 高校生だった自分と妹はアルバイトやら何やらで家にいる時間を極力少なくしていたけれど、当時中学生の弟は「母親の手伝い」やら「肩揉み」の為に学校にいってる間となんとか続けさせてもらっていた習い事の合気道のとき以外は常に母親の横に縛り付けられていた。

 

 そんな弟からある時、「中学に入学してからずっと家のことや母親のことでスクールカウンセリングを受けている」とこっそり打ち明けられ、それを俺が父親に伝えると、なにもかも見て見ぬふりだった父親がついに母親を家から追い出した。弟は要望通りあまりガラのよろしくない(俺と同じような)底辺不良高に入学した。そんでもって今までずっと抑圧されていたせいなのか環境に染まったのか立派なヤンキーになった。母親を家から追い出した父親は、弟のことは溺愛していたので弟を連れて2人で旅行に行ったりいろいろしていた。高校を卒業した弟は父親のように公務員になる!といってそっち系の就職に強い、地元から離れた専門学校に通いだし一人暮らしをし始めた。それも経済面からなんやらかんやらとにかく父親が甲斐甲斐しく世話を焼いていた。専門学校を卒業した弟は、警察👮‍♀️、消防👩‍🚒、自衛隊海上保安庁と近県を含め東京あたりまで手当たり次第に公務員試験を受けまくっていたが(2年くらい)悉く全部落ちたので地元(実家)に帰ってきて市役所の非常勤として分署的なところの事務員になった👨‍💼📑✍️

 ヤンキーなのでその時、付き合っていた彼女とデキちゃって👶そのまま結婚の流れになった。相手の親との取り計らいやら結婚式のあれこれやらは、やっぱり父親が手配していた。そんなこんなでお腹の大きな奥さんとの結婚式の日の前夜、友達と明日の出し物のミーティング?だかをしていたときに突然ぶっ倒れた🏥🚑

......とここまでが[24]の内容なんだけどその続きが..

 

まー、ぶっちゃけると今までの25年間(当時)特に大きな病気もしたことなく生きてきた弟が式の前夜になって突然発症したのがくも膜下出血で真夜中に呼び出されて地元で2番目に大きな病院のICUに駆けつけたときには全身管だらけでベッドに横たわっていた。そのまま明け方に開頭手術になって9時間かけて手術してもらった👨‍⚕️🧤それから長いこと集中治療室に入院して何ヶ月もリハビリをして退院してきた。発見が早かったのと若さでなんとか後遺症らしい後遺症もないままに戻ってこられたんだけどここで困ったのが結婚式のやり直し💒👰🤵

 

その後すぐに、お腹にいた子(俺からすれば姪っ子👶)も生まれてなんやかんや一年後くらいに元々式をあげるはずだった式場で改めて結婚式をすることになった。その式場での当日キャンセルは創業以来初めてのことで理由が理由だけにいろいろ便宜を図ってくれたらしい💒

....両家間の親族の紹介の時に親戚関係も家庭内も破綻していた弟側(じぶんち)の出席者は父親と自分(長男)と長女(妹)の3人しかいなかった。当然母親には結婚したことも結婚式のことも子供が生まれたこともなにもかも伝えていなかった....と言うか父親の命令で隠していた。あいつ(母親)に知られたらなにされるかわからない。生まれたばかりの子供を殺されるかもしれない。もしあいつ(母親)が子供を一目見て触れようものなら殺してやる。と父親と弟は本気で言っていた。

 

 無事に結婚式も終わったその時は、弟はお金持ちの奥さんの実家の持ちアパートに格安で3人(弟、奥さん、姪っ子)で暮らしていた。自分は介護やりながら所謂こどおじ(子供部屋おじさん)状態で実家に毎月僅かなお金を入れながら置いてもらっていた。妹は彼氏がいて一人暮らしをしていた。くも膜下出血をやって非正規の市役所職員のままだった彼は、奥さんの父親が地元ではそれなりの大企業の重役だったので、その義父のコネでその会社に就職することになった。

 

26に続く...