輝かしき舞台のその裏
七月半ばから催されるサーカスの準備の時期に入ってくると状況はもはや、「孤立」ではなくて「敵対」になっていました。
その演目はサーカスといっても、演劇や音楽や演者と観客の境界線のない舞台の上に設けられた「舞台の中の舞台(実験劇場)」とでも呼ぶべき特別な枠組みの中で催されるものでした。
劇場の構造上、たぶん日本国内で出来るのはここだけという凄いものでした。
本来の所属の会社(面接を受けたところ)にはもう、連絡して辞める旨を伝えていた(正確に書くと3ヶ月経って次の3ヶ月の更新をしないことに決めた)ので出勤して来てもやることがなにもありません。
技術部スタッフの普段の格好は、舞台裏の「黒子」らしく、黒の上下のジャージに足元は足袋(たび)に雪駄(せった)。
慣れないうちは(慣れないうちに終わったけど)足袋と雪駄が合わなくて足の指の間は血だらけになります。
だけど、その特別な催し物の期間中は、臨時で雇われている大勢いるアルバイトの人たち含め、サーカスの名前がプリントされた専用のつなぎがスタッフみんなに支給されていました。
自分以外には、
揃いのユニフォームを着て同じ目的に向けてせっせと忙しそうに働いているスタッフたち。
1人だけいつも通りの黒ジャージに雪駄でポツンと取り残されている自分。
たまに「なにこいつ?」的な視線を向けられる以外には完全に透明な存在になっていた上演期間の8日間。
袖幕の裏側のパイプ椅子に座ってフリーズしている自分。目の前を華やかな衣装を着て駆け回る演者やスケジュールに合わせて動き回るスタッフたち。
舞台からは鮮やかなライトの光や賑やかな音楽、観客の笑い声と演者達の戯けた掛け声。
惨めさと居たたまれなさMAX!!
数メートルも離れていないところで演奏されている地元出身アーティストのアコーディオンの大人びた調べが耳に届いてくるのですが、自分と外の世界は僅かに波打つ漆黒の分厚い壁(袖幕)で隔てられています。
まるで自分の人生そのまんまな状況。
外れていて浮いていて孤立している。
焦りと恐怖と不安だけがあって苦しくて苦しくて仕方がない。
怪力男のオクタゴン、黒マスクのジョー、可愛らしい花売り娘、宙を舞う軽業師。この上なく美しい世界にいながらまったくもって「無関係」な自分。
なにかもう物理的な重さを持ってのしかかってくる「挫折」と口の中の苦い味。
半年に満たない「劇場」での生活は文字通り漆黒の緞帳によってバッサリと音もなく言葉もなく幕を降ろしました。